マクロビ講師の母ちゃんによるシンプルなくらしとこそだて

『十歳のきみへー九十五歳のわたしから』日野原重明


先日から、小・中学生くらいを対象にした本のコーナーに足を向け始めました。

私は小さい頃から本の虫という言葉がぴったりなほど、本を読むか理想の家の図面を描いてばかりの子でした。なので、たくさんの本には触れているのですが、小学校2,3年生の頃には宗田理や赤川次郎といった読みやすい小説へと一気にジャンプしてしまったので、ユース向けの本はほとんど読んだ記憶がありません。

実家にも昔読んでいた本が残っていますが、ユース向けは偉人伝や歴史漫画がほとんどで、お話ものはずっこけ3人組などのいくつかのシリーズが何冊かずつあるくらいでさほど多くありません。

伝記物を読んだ記憶もあまりないのです。

だからでしょうか、突然そういった本も読みたくなってきました。

でも、実際に足を運んだら、伝記物より先に、この本が目に入りました。

日野原重明さんが95歳の時に、10歳の子どもたちに向けて書いたメッセージ

名前と簡単なプロフィールは知っていますが、日野原さんの本は読んだことがありませんでした。

ご高齢とは知っていたけれど、95歳なんて。

そんな年になっても、これほどまでに活動的にいられるのはすごい!

と思って、一応最近について調べてみましたら、現在105歳でまだご存命でした。

しかも、この本の内容を絵本にしたものもある上に

“十歳のきみへシリーズ”は2年前の103歳の時点でもう一冊でていました。

その他にも、ざっと見ただけで10代に向けた本が何冊もありました。
しかえししないよ
いのちのバトン―97歳のぼくから君たちへ (絆シリーズ)
※上記二冊は、いわさきちひろさんがイラストを描いていて、それだけでも心が温まります。いわさきちひろさんをもっと知りたい方は、ぜひ美術館へ足を運んでみてください。
十代のきみたちへ: ─ぜひ読んでほしい憲法の本

たくさんありますね。次はどの本を手に取ろうか、迷います。

その中で今回、一冊めとして私が読んだ『十歳のきみへ―九十五歳のわたしから』は、子どもたちとたくさん対話したいけど、「私が実際にあなたたちに会う時間は限られている」から、日野原さんが子どもたちに実際に話しかけているつもりで書いたというもの。10歳に向けたメッセージではありますが、30代の私の心にも深く染み入る内容でした。

いのちを消費してしまっていない?

いのちに、齢(よわい)を加えるのではなく、齢に、いのちを注ぐようにしなさい。

決められた年齢までの人生を消費していくのではなく、齢(よわい)という空っぽの器の中に、いのちを注いでいくようにする。それが生きるということ。

発見や感動がたくさんつまった1日はあっという間に過ぎてしまいますが、そんな一日が三百六十五回積み重なった一年には、充実した重みがあって、それなりの長さを実感できるのだと思います。それに対して、あまり変化のない一日が積み重なった一年は、あとで振り返ってみると強く印象に残る瞬間が少ないぶんだけ、なんだかあっという間に過ぎていったように感じられるのかもしれません。

年齢を重ねるにつれ、1日1日を大切なものとして生きるのではなく、毎日を繰り返すように消費してしまっていないだろうか?

毎日が子どもの頃よりも早く感じるというのは、同じことの繰り返しに、ちょっとした違いを見つけて感動したり、喜んだり、悲しんだりできなくなってしまっているからではないだろうか?

家族が一緒にいることや、温かいご飯を食べられることを当たり前に思ったりしてはいないだろうか?

これからの人生を消費ではなく、大切なものとして、生きていきたい。

30代だからこそ、実感をもって、そう思いました。

争いの根っこにあるにくしみの感情をコントロールできるのは自分だけ。

おとなたちは、やられたらそれを倍にして返すというくり返しを断ち切れなかったがために、この世界から戦争を無くせないでいるのです。

誰かに傷つけられたとき、相手を憎まずに、怒りを抑えて、立ち止まることがどれだけできているだろうか?

「相手も傷ついているからこそ、抑えることができず、私を傷つけているのでは?」と想像を巡らせることがどれだけあっただろうか?

「わたしはこんなにも深く傷を負って痛い。けれど、きっと相手も痛いはずだ。なぜなら、同じ人間なのだから。わたしはもうこれ以上痛い思いをするのはいやだ。きっと相手だって痛い思いはしたくないはずだ。」

相手の悩みや痛みを理解することは難しいだろうし、受け入れることもできないかもしれない。

でも、相手の痛みを想像し、思いやることはできる。

「想像力」の欠如が、平和ではなく戦争がはびこる世界を作ってしまうのかもしれません。

私たち大人も、大きな成長を。

きみは相手をゆるしたときから、失ったものにいつまでもこだわり続けるきみから、これからのことを考えようとするきみに大きく変身しているはずです。人間としての大きな成長を手に入れたのです。

怒りに震えているとき、過去に囚われているときに、私たちは未来を考える余裕はない。

相手を許し、過去ではなく未来に目を向けられるようになったとき、私たち大人も大きな成長をする。

私もたくさんの怒りに囚われていたことに気がつきました。

自分を傷つけた相手への怒りに心がまだまだ囚われており、未来に目を向けきれていないことがあるなと感じさせてくれたこの本に、日野原さんに感謝します。

長男はもう十分にこの本を読めるはずなので、さりげなく本棚に置いておこう。

わからなくてもいい。

何か少しでも感じてくれたらいいな。

 

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