マクロビ講師の母ちゃんによるシンプルなくらしとこそだて

できるだけ優先席に座るようにしています。

優先席(priority seat)は誰のための席なのか。


妊娠中もそうだったけど、息子(三カ月)を抱っこして電車に乗るときは、できるだけ普通の席ではなく、優先席に乗るようにしています。

というのも、その方が、より多くの人が気持ち良く過ごせると思うから。

なぜか譲り合う子連れの親たち

先日、優先席は埋まっていたので、息子を抱っこしていたパートナーとふたり並んで、普通の席に座りました。

最初は空いていたけれど、だんだんと混んできたなーと思っていたら、彼がなぜか立ち上がろうとしている。

「ん?」

見上げてみると、そこには2歳くらいの子を連れたお母さんが。

彼が立ち上がって、「どうぞ」

と譲ろうとするものの

「もうすぐ降りるので大丈夫です。そちらの方が、小さい赤ちゃんを連れてて大変なのだから座っていてください!」

と、しばし譲り合い。

それならば、抱っこしてない私が、と譲ろうとしても頑として折れず、後ずさるようにして遠ざかってしまいました。

パートナーがぽつり。

「オレは大変じゃないんだけどなぁ…」

「座ってくれたら、嬉しいのに」

もっと私たちは図々しくなってもいいと思う。

泣いてる子どもを連れて電車に乗るなとか、ベビーカーは邪魔だとか、妊婦だと主張するなとかも言われているし、声高に権利を主張するつもりもないけれど、子連れや妊婦は明らかに身体的弱者であり、守られていい存在だと思う。

だから、普通席ではなくて、私たちが優先して座っていいとされる優先席を”あえて”使うし、もっとみんなも使えばいいのになと思う。

優先席(priority seat)は誰のための席なのか。

私たちが普通席に座って、座席が足りないから、他の人が優先席に座るのって、なんとなく違う気がする。

そして、せっかく譲ってくれた席を断るのも、私たちにとって勿体ないこと。

譲られた席に座ることも、席を譲ることも、今の日本人にとっては慣れていないことで、勇気がいることなのかもしれない。

だけど、勇気を振り絞って譲った席を断られて座り続ける居たたまれない感じって、譲られた席に座る恥ずかしさよりも大きいんじゃないかな。

まずはせめて、譲られたら、堂々と座ろうよ。

「わしはまだ席を譲られるような老人じゃない!」

とか言われたら嫌だなと思うから譲れない世の中じゃなくて、自分よりも年上の人には、自分より身体的弱者だと思う人には譲るのが普通だと思う世の中になったらいいのにな。

そのためには、まず譲られる図々しさだと思う。

その一歩が、私たちが優先席に座ること。

優先席は誰のためにあるのかを、改めて皆が認識したらいい。

いつも優先席が空いているのではなく、座るべき優先席が空いていないから、普通の席を他の人が譲りたくなる社会にしたらどうだろう。

パッと見ではわかりにくくても、本当に辛い人はいる。

権利を主張するつもりはないけれど、妊婦は自分の命という、大きなリスクを背負っている。

衝撃などをきっかけとして、子宮で出血が始まったら、命を落としてしまう可能性が限りなく高まる。

私の身内も、子宮内出血で母子ともに亡くなった。

私も今回の緊急出産で一歩間違えたら、どちらかが亡くなったり、何かしらの障害を抱えていた可能性があった。

多くの人に守られていたから、運が良かったから、母子ともに健康な産後を迎えることができただけ。

妊婦だけじゃなく、見えない障害を抱えた人だって、たくさんいる。

「すみません」じゃなくて、「ありがとう」と言える社会に

席を譲ってもらって、「すみません」

じゃなくて

席を譲ってくれて、「ありがとう」

と言える社会になるといいな。

そのために、今私ができることが

・赤ちゃん連れの際は、できるだけ優先席に座る

・私より大変そうな人を見かけたら、さらっと立ち上がって席を譲る

・席を譲ってもらったら、「ありがとう」と言って、喜んで座る

ということ。

まー、あまり難しく考えなくていいけれど、上記3つは今すぐにできること。

こういったことの積み重ねで、社会って変わっていくんだと思う。

電車やバスに乗ったら、ぜひやってみてね!

私とパートナーの話は、こちらで。

パートナーとは、人生を共に生きる人のこと

 

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