マクロビ講師の母ちゃんによるシンプルなくらしとこそだて

私の10年(結婚・妊娠出産・保活歴)

保活って大変。妊娠出産を5回経験。


母ちゃん

5児の母ちゃんのたかなです。

移住や引越しも経験し、そのたびに何度も保活を繰り返して思うこと。

保育園の実態を知らずに結婚や妊娠をすると、女性のキャリアは終わり、ということ。

保育園に入れなければ、共働きを続けることはできないし、キャリアの継続はもちろんできません。

一度仕事を辞めれば、保育園に入れる可能性はほぼゼロになり、働けるようになるのは子どもが幼稚園か小学生になったあと。

それも、短時間のパートだけ。

出産後に自分で仕事をはじめて、フリーランスとして働くこともできるけど、フリーランスは保育園に入りにくい。

なんのためにあんなに頑張って、浪人までして大学に入ったのか。

こうなると、もう謎でしかありません。

はははのデススパイラルです。

母ちゃん

といいつつも、なんだかんだと5児を出産し、全員一度は保育園に入ったことがあるわが家。

わたしも今はフリーで働いています。

この10年でわたしに何が起こったのか。

楽しく子育てしながら働き続けるために、今、どうすべきか。

少しでも結婚前、妊娠前の女性の役に立てれば嬉しいです。

目次

妊娠発覚。新卒1年で会社をやめました

2007年春、第1社目を退職

新卒1年経たず、妊娠がわかったので、新卒で入った会社をやめました。

たばこがもくもく、超長時間労働、休日ほぼゼロの会社で、これは結婚しても子どもは産めないと、実はその時点で転職活動してました。

あっさりと急成長中の上場企業の社長室に内定。

女性の働き方にも理解があり、出産後も復帰してバリバリ働ける環境だよ〜と聞いて、これからのキャリアプランにもワクワク。

したところで、妊娠発覚。

入社後半年で出産を迎えることになるので、「入社するなら子どもは堕ろせ」「そうじゃないなら内定取り消し」と言われたので、転職先も内定辞退。

たかなの仕事歴:中小企業の社長室でまる1年。

以上!笑

東京(江戸川区)で保活スタート

2007年秋、第1子を出産

江戸川区のクリニックで1人目を出産

2007年、近所のクリニックで第1子を出産しました。

しばらく経って落ち着き、今後について考える余裕が出てくると思いました。

夫も若く、給料も少なく、生活も大変なので、なんとか仕事をしたい。

保育園探しスタート。

この頃は、保活ということばがまだありませんでした。

4月入園の保育園申し込みの直前期な上に、育休明けではないわたしは、認可保育園でも役所でもほとんど相手にされません

「育休明けでもないなら、(ほぼ)ムリですね」

可能性のなかった江戸川区

でも、働きたい。

仕方ないので可能性を広げ、他区の保育園情報を漁り続けました。

そこで縁があったのが、千代田区。

千代田区の認証保育園に、区民になれば入れる枠をゲット。

保育園に入るために引越

2008年春、第1子が保育園入園。働き始める。

保育園に入るために千代田区に引っ越し、ワーママ生活スタート

保活と並行して行なっていた就活で、4月からの転職先も内定。

内定があって、千代田区民であれば、認証保育園に入れるといわれたので、「保育園に入るために、3月末に千代田区に引っ越しました」。

今でもこのネタは、第1子のママ友に驚きのネタとして言われ続けてます。笑

「保育園のために引っ越す!」

そんなこと、考えたこともなかった!!!

ですって。

第2子を妊娠。また会社をやめました

産休中のタイミングで契約社員をやめて、専業主婦状態に

契約社員として、ワーママとして働いていた転職先。

30人程度の小さな会社で、子持ちの女性はわたしだけ。

そもそも正社員とバイトしかいない会社で、契約社員の規約やママのための規約も、わたしが入る時点で新しく作られました。

会社の裏のボスで、採用を決めてた女性が、会社の仕組みをちょっと変革したいと思ってたんです。

でも、社長の妻はバリバリの専業主婦。

子どもがいる女性が働くことに理解が薄く、子どもを産み続けながら、育てながら働くわたしには冷たい。笑

そのことについて話がかみ合わず、わたしもここにはい続けられないと判断。

2009年夏、第2社目を退職

ちょうど産休中の出産直前が契約更新のタイミングだったので、更新は諦めて退職。

たかなの仕事歴:中小企業の社長室でまる1年。
中小企業のコンサルサポートの仕事を1年半。

以上!笑

保育園はギリギリ継続

保育園では、千代田区の補助をもらっていたけれど、認証保育園なので最悪お金さえ払い続ければい続けられます

わたしの場合は「出産」「就職活動」で次の内定までギリギリつなげたので補助もきれず。

2009年第2子を出産。産後すぐに預け、転職。

東京の助産院で2人目を出産

2009年の夏。

2度目の専業主婦状態で第2子を助産院で出産。

第1子はギリギリ保育園に入り続けられたので、少しだけのんびり。

第2子は産後すぐ(56日以降)から保育園に入れることになったので、その後にまた就活。

すぐに転職先はみつかり、大学卒業後4年目にして、もう3社目。

わたしのこだわりで、保育園もしごともやめる

第2子の出産後、家庭の事情が変わりました。

夫の兄の奥さん(義理の姉)が妊娠中に亡くなり、妊娠出産について深く学ぶように。

また、セルフケアや食事、マクロビオティックに興味を持ち、ワーママとして働きつつも、講師になる勉強を始めました。

マクロビオティックを始めると、保育園とぶつかるのが「牛乳問題

動物性全般や添加物の話もあるのですが、「毎日牛乳を飲ませたくない」という話でぶつかる人が多い。

わたしもそうでした。

ずっと話し合いを重ね、真弓定夫先生の診断書も出しましたが、真弓先生の診断書だとちょっと除去は難しい

認証保育園も東京都のルールに則って運営をせねば、運営自体が続けられないので、個人のニーズには応えられないものも多い。

今になれば理解できる部分もありますが、あの頃はとにかく必死でした。

子どもたちの健康のために、保育園に行かせるのはやめよう。

周りからは狂った判断だと言われましたが、あれはあれでよい経験でした。

2010年秋、第3社目を退職

でも、

保育園に行かない=仕事は継続できない。

今度は3社目を退社しました。

たかなの仕事歴:中小企業の社長室でまる1年。
中小企業のコンサルサポートの仕事を1年半。
医療系の学会のスタッフを半年ちょっと。

以上!笑

3回目の専業主婦を経て、小さなお教室スタート

それからは半年ほど、3回目の専業主婦状態。

講師の勉強が進んでいたので、休日に子どもたちを夫に預け、小さくお教室をはじめました。

2011年の3月。東北で震災

都心のわが家の近くでも、大きな天井が落ちて人がなくなるなど、大きな被害がありました。

2011年4月、第1子が幼稚園に入園

千代田区の幼稚園に入園

幼稚園では延長保育があったので、幼稚園のママ友を中心に、教室の回数を少しずつ増やす日々。

マクロビオティックというライフスタイルと、震災の経験を経て、都心ではなく、田舎に住みたい気持ちがむくむく

ライフスタイル変革のため、札幌へ移住

このまま小さな教室をやりながら、都心で子育てをし続けるライフスタイルでいいのだろうか。

疑問はどんどん大きくなり、ついに決意。

2012年1月、東京から札幌へ移住

東京から札幌へ家族で移住

田舎に住みたいといっても、どこに行くべきかわからない。

関東ではなく、出身である札幌の近くでどこかを探そう。

仕事もあり、知り合いもたくさんいる札幌へ、まず移住することにしました。

2012年2月、第1子幼稚園に転入

札幌の幼稚園に転入

入園後1年も経たずに幼稚園をやめ、すぐに札幌の幼稚園に転入した第1子。

ちょっぴり心配したけど、すぐに慣れてくれました。

小さな教室、ちょっとずつ軌道にのり始める

札幌でマクロビオティック料理教室

わたしは札幌で、小さなお教室を始める準備スタート。

少しずつ生徒さんも増え、土日に限らず平日も、子どもたちを夫や実家に預けて教室開催。

さまざまな媒体にも載せてもらいました。

たかなの仕事歴:中小企業の社長室でまる1年。
中小企業のコンサルサポートの仕事を1年半。
医療系の学会のスタッフを半年ちょっと。
自分でお教室を主宰(フリーランス)1年半。

以上!

今度こそ、田舎に移住

北海道の田舎町で移住先を探す旅

田舎へ移住するために、ひとまずきただけだったはずの札幌。

気づけば半年以上経っていました。

春になり、夏になり、第3子の妊娠も発覚。

このままでは札幌に根付いてしまう!笑

焦って、少しずつ地方の田舎町に行き始めました。

2012年の真冬、東川町に移住

東川町のおうち(みえるのは隣のお家)

妊娠後期になったお腹で、北海道でも随一の極寒地域にある東川町に移住。

約9000人の小さな町の、中心部からも車で10分以上の小さな一軒家。

隣の家は、遠くに小さく見える、そんな場所での生活が始まりました。

2012年12月、第1子幼保(こども園)に転入

東川町の幼保(こども園)幼児センターももんがに息子が転入

田舎町でも必ずしも保育園に入れるわけではありません。

事前にかなり話し合いをしましたが、定員に余裕のある3歳児クラスの第1子は入れても、余裕のない2歳児クラスの第2子は4月まではムリだといわれました。

もう妊娠後期だし、今後に向けての準備もしたいし、せめて産後は少しでも預かってもらえるといいのに・・・

東川町に保育施設(幼稚園も含め)は、ひとつだけ。

ここがムリなら、隣町まで行くしかありません。

隣町って・・・車でもずいぶんかかりますし、一台しかない車は夫が通勤に使うので、送迎に使える車はなし。

2013年冬、第3子出産。第2子は時々一時保育へ

東川町で自宅出産、3人目の出産

2013年の冬。

自宅で第3子を出産。

毎日ではないものの、なんとか一時保育で時々第2子も保育園へ。

数週間だけ休んで、教室再開。

子連れで来られる教室にしたので、ママや子育てに理解のある生徒さんばかり。

おかげさまで、定期的な教室開催ができるように。

2013年春、第2子幼保(こども園)に入園

東川町の幼保(こども園)幼児センターももんがに娘入園式
4月からは第2子も3歳児クラスになったので、幼保に入園。

教室も少しずつ拡大。

といっても、第3子はいつも一緒なので、自宅でできる範囲のみ。

2013年夏、第3子幼保(こども園)に入園

東川町の幼保(こども園)幼児センターももんがに娘入園

入園したものの、送迎に使える車なし。笑

3歳児以上は送迎バスがありますが、0歳児はどうする?

2台目購入。泣

おかげでわたしが使える時間もは増え、お教室の運営も楽になりました。

そして久しぶりに、ひとりっきりになれる時間ができました。

たかなの仕事歴:中小企業の社長室でまる1年。
中小企業のコンサルサポートの仕事を1年半。
医療系の学会のスタッフを半年ちょっと。
自分でお教室を主宰(フリーランス)3年。

以上!

子どもの教育について考えた結果、再移住

東川町での生活も、教室の運営も楽しかったのですが、4月から小学生になる第1子の教育を考えたときに、このままここに住み続けるか、迷いが。

学年数人という、複式学級の小学校も、コミュニティとして考えるととても興味深い教育機関。

でも、本当にこの家から中学、高校と進み続ける!?

2014年春、札幌に再移住

札幌に移住することで、またもや大きくライフスタイルを変えました。

小学生になった第1子は、デモクラティックスクールに入学。

年中さんの第2子は、親子が共に通う山の中の幼稚園に転入。

1歳になった第3子は、わたしや夫に連れられて、第2子の幼稚園に通い始めました。

デモクラティックスクールに通う息子、自宅で勉強中
札幌でデモクラティックスクールに通う選択してみました

ここで大きく変わった夫のキャリア

実はここで一番大きく変わったのは、夫です。

私は東川町にいるときから、時々札幌でも場所を借りて、お教室を開催。

その流れのまま、今度は札幌の自宅で教室の運営継続しました。

ついに夫も会社員をやめました

移住をするたびに、毎回転職し続けてきた夫。

毎回なんだかんだと正社員の仕事につくことができ、毎回休日出勤もあり、平日は早朝から夜中までの労働を繰り返してきました。

東川町から札幌へ移住しようと思ったもうひとつの理由。

実はこの夫の働き方です。

田舎では正社員の転職先がみつかること自体が珍しく、働きがいがあり、好きな分野で仕事がみつけられた旦那は超ラッキーでした。

でも、かぞくで自然の中でのびのびした生活がしたくて田舎に行ったはずなのに、夫はいつも仕事ばかり。

できる限り子育ての手伝いはしてくれましたが、かぞくでのんびりとは程遠い生活でした。

「もう会社員はやめたら?」

ずっと言ってきましたが、いつも転職先がみつかるせいか、夫はなかなか決断できず。

2014年4月、幼稚園・小学校スタート

「親子で行く幼稚園に第2子が入る」というきっかけのおかげで、夫も決心。

わたしはときどき、夫もときどき。

子どもたち(第2子、第3子)と共に幼稚園に通う生活が始まりました。

夫、専業主夫になる

お互いの働き方、わが家のさまざまな優先順位、ライフスタイルを検討した結果、わたしが働き手のメインとなり、夫は専業主夫になりました。

幼稚園に通う夫をみていたら、わたしよりもずっとイキイキしていたんです。

子どもたちと過ごすのがわたしより向いている。

少なくとも、全員が小学校にあがるまでは、仕事メインではなく、子どもとの生活をメインにする生活にしてもらおう。

大きく価値観が変わりました。

離婚

その後いろいろあり、わたしと夫は離婚。

わたしは働き続け、元夫は専業主夫として子どもたちと過ごす日々。

離婚前から東京に定期的に出張したりと、頻繁に長期間家をあけることも増えていたので、大きく生活は変化していません。

第4子の妊娠、出産。4回目の専業主婦

東京の助産院で産む予定が、早産で救急車で総合病院に運ばれ、緊急出産。息子は1ヶ月NICUへ

2016年、東京で第4子を妊娠・出産。

婚姻の面倒臭さを繰り返したくなかったので、今のパートナーとは事実婚にもせずに出産しました。

第4子は早産だったこともあり、しばらくの間は4回目の専業主婦状態。

NICU生活1日目,大学病院の新生児特定集中治療室(NICU)に入院
まさかわが子がNICUに!誰しもが予期せず入る新生児特定集中治療室

保活も渋谷区は難しいと言われ、もう頑張る気力もわかずで、願書すら出さず。

仕事は半年ほど経ってから、また少しずつスタートさせました。

第4子を家でみながら作業をしたり、パートナーにみてもらって出かけたりという働き方です。

たかなの仕事歴:中小企業の社長室でまる1年。
中小企業のコンサルサポートの仕事を1年半。
医療系の学会のスタッフを半年ちょっと。
自分でお教室を主宰(フリーランス)6年。

以上!

第5子の妊娠。久しぶりの保活

2017年夏。

もうさすがに子どもはいいと思っていましたが、またの妊娠。

さすがにこのまま2人を家でみながら働き続けるのはムリです。

5年ぶりに保育園の入園案内をみてみました。

早生まれでも、4月入園申込可能

出産予定日が3月なので、下の子の保育園は絶望的・・・

と思いきや、「4月1日までに生まれる子の入園の仮申込ができます」の文字が。

わたしは働いてますが、育休明けにはならないので、点数的には普通に出しても認可保育園にはほぼ入れません。

ただ、2人を同時に申し込めれば兄弟点がつくので、育休明けと同じ点数になります。

優先順位は下回るけど、可能性はある。

ダメ元で、兄弟同時に入園申込

2人一緒の園に入れないならば、また大幅な引っ越しなり、ライフスタイルの変革を考えるしかない。

ダメ元で出してみた結果、兄弟で同じ園に内定。

第4子は4月から

第5子は6月から

認可保育園に入れることになりました。

保育園出生前仮申し込み
出生前の保育所利用申込とは?出産前でも認可保育園に申込みができるよ

まとめ

母ちゃん

我ながら波乱万丈な人生だなと思います。笑

5回も妊娠出産を繰り返し、なんども就活し、自分での仕事も継続し。

離婚や結婚、事実婚など、家族構成もどんどん変化しました。

たった10年で、どれだけもがいて、どれだけ試して、どれだけ失敗もして、ここまできたんだろう。

でも、後悔はありません。

こどもたちもみんな元気だし、前の夫との関係だって良好です。

かぞくの形っていろいろあっていいんです。

何も準備せずに結婚し、妊娠し、そのあとも子育てしながら仕事を続けたいと思ったら、それがどれだけ大変そうか、イメージできたでしょうか?

保活をし続けても結局保育園には入れず、子どもを幼稚園に入れてからパートで働いているママもたくさんいます。

あなたはどんな人生を選択したいですか?

ぜひ、今からしっかり勉強して、今後の人生戦略を練ってくださいね。

 

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