マクロビ講師の母ちゃんによるシンプルなくらしとこそだて

周りからの攻撃が怖くて、マタニティマークがつけられない妊婦が激増!

電車で立っている妊婦


最近は周りの目が怖くて、攻撃が怖くて、マタニティマークをつけられないという妊婦が急増しているそうです。

にらまれたり、嫌なことを言われたり、蹴られたり!なんてケースも聞きます。

確かに私も、今回の第4子の妊娠中は、マタニティマークをつけた記憶がありません。

私の場合は、特に意識して付けなかった訳ではなく、「付けた方がいい!」という気持ちにならなかった上に、その日に使うかばんにいちいち付け替えてが面倒で・・・。でも、本当は付けた方がいいのかも!?

マタニティマーク

そもそも、なぜ、マタニティマークがあるのでしょうか?

マタニティマークって、どんなもの?

maternity_mark

厚生労働省のHPをみると、この定義が「マタニティマークが何のため・誰のためにあるのか」を曖昧にしているのかもしれないと感じました。

マタニティマークとは

妊産婦が交通機関等を利用する際に身につけ、周囲が妊産婦への配慮を示しやすくするもの。

さらに、交通機関、職場、飲食店、その他の公共機関等が、その取組や呼びかけ文を付してポスターなどとして掲示し、妊産婦にやさしい環境づくりを推進するもの。

妊婦だと一目で気がつけるのは、妊娠後期になってから。

日常的に一緒に過ごしている会社の同僚などであれば、少しずつお腹の膨らみが大きくなってきていることにも気づけるでしょう。

だから、妊娠をしていることを中期になれば、早ければ初期の段階でも、気づくことができるかもしれません。

でも、電車にたまたま一緒に乗った人が妊娠しているかどうかは、一目でわかるでしょうか?

私は「妊娠後期になって、初めてわかるかな〜。でも、確実にわかるとは言い切れないな〜。」と思います。

4人も妊娠・出産している私だって、マタニティマークを付けているのをみて、「この人は今、妊娠しているんだな」と初めて気がつくことが少なくありません。

特に後ろ姿や、混んでいる車両内などでは、気づくのは難しい。

マタニティマークを付けていても、後ろ姿や混んでいる車両内では、マーク自体を気づいてもらえないことも多いでしょうが、はっきりと前や横から見るとお腹の膨らみがわかっても、後ろ姿や混み合った場所では、お腹の膨らみには気づきにくいのが実際のところです。

でも、意外と気がついてもらいたい、気をつけてもらいたいのは、そういう状態の時、なんですけどね。

ゆっくり歩いていたら、舌打ちをしながら追い越された。

妊娠後期になってからだが重く、歩くのがだんだんとしんどくなってきたある日。

地下鉄の駅の階段もしんどくて、なかなか早く昇れません。

狭い階段で、追い越しにくかったんだと思います。

せかせかと急がしそうなサラリーマンが、舌打ちしながら追い越していきました。

マタニティマークを付けていても、付けていなくても、こういうシチュエーションって少なくないと思います。

別に妊娠してなくても、体調が悪くて、からだが思う通りに動かない時もありますよね。

そういう時に、会社を休めたら、予定をキャンセルして家で休めたらいいけれど、必ずしもそういう日ばかりではない。

それが私たち社会人が、自分の体調管理をきっちりやることを求められる理由のひとつです。

妊婦だからって、家で休んでばかりはいられない。

妊婦だって、同じなんです。

仕事をしていれば、産休に入るまでは会社をそうそう休めないし、ちょっと体調が悪くても、”周りに迷惑をかけているんだから”と我慢をしていることも意外と多いのです。

上の子がいれば、幼稚園の送り迎えや行事はもちろん、様々な雑務があるものです。単純に、上の子の育児だけでも、楽ではありません。

配慮をすることを求められるから、配慮したくなくなる!?

マタニティマークはいつ頃からあるのでしょうか?

1999年に「Baby in me!」というマークが初めて発表され、マークの必要性が喚起されました。

そして、マタニティマークという存在が少しずつ認知されてきた2006年。

全国で統一のマークが作られ、病院や公共交通機関での配布が始まりました。

私の初めての妊娠は2007年でしたが、思い返してみると、あの頃は今とは違い、マタニティマークをみると、みんなが”なんとなくソワソワしていた”ように思います。

妊婦や赤ちゃんのためなんだけど、”周囲”のためって書いてある。

先ほども引用した厚生労働省のHPのマタニティマークの定義その1。

妊産婦が交通機関等を利用する際に身につけ、周囲が妊産婦への配慮を示しやすくするもの。

”周囲”が”、妊産婦への配慮”を、”示し”やすくする。

って、気になる言い回しです。笑

そして、定義その2。

さらに、交通機関、職場、飲食店、その他の公共機関等が、その取組や呼びかけ文を付してポスターなどとして掲示し、妊産婦にやさしい環境づくりを推進するもの。

交通機関などの”周囲”が、”妊産婦に優しい環境づくり”を”推進する。

結局のところ、妊婦やお腹の赤ちゃんを守りたいというよりも、

彼女らを守るための環境づくりをしろよ!配慮しろよ!

を要求する定義になってるんですよね。

意外と最初の定義の機微が、人の意識に影響を与えている。

そうは言っても、マタニティマークは「妊娠していることを気づいてもらえないことで、からだのリスクを感じたママたちが、必要に迫られてできたもの」でした。

妊娠中のからだって、思っている以上にしんどいし、命の危険だって本当にあります。私も義理の姉が妊娠中に突然、赤ちゃんと共に亡くなった経験や、第4子の出産は救急車で搬送されて、6週間も早い早産でした。一歩間違えば、この子の命だって危なかった。そういうものなのです。

だから、目の見えない人、耳の聞こえない人といった障害を持つ人に気づけるマークが必要なように、妊婦に気づいてあげられるマークもあっていいんです。

だけど、配慮しろと言われるとできないのが私たち。

配慮しない人、気づかなかった人を悪人扱いしてきませんでしたか?

マタニティマークを付けてて、席を譲ってもらえたり、ちょっとした配慮の一言をしてもらえたりと、心温まる経験はいくつもありました。

でも、マークを付けてるんだから、譲ってもらえて当然。なんで譲ってくれないの!と思ったことは、一度もありませんでしたか?

私、ありますよ。笑

妊娠初期ってお腹は小さいけど、からだの内側の変化はもの凄く大きいから、一気にからだのセンサーが敏感になります。

後期になってくると、重くてしんどいけれど、臭いや音にはだいぶ鈍感になってこられるので、そんなからだの変化にも妊婦自体がついていけない・理解できないことも多いです。

見て見ぬ振りをしないで、席を譲ってよ!

そんな、妊娠初期のある日。

臭いや音、振動にも敏感になっているのに、通勤で電車に乗っていたら、気持ち悪い。からだがしんどい。

「目の前に座っている、マタニティマークを見て見ぬ振りをした、そこのサラリーマン!

目を開けて、席を譲ってよ!!!!!」

電車で寝ているサラリーマン

心から、そう思いましたよ。

だって、しんどいんですもの。

相手が私が妊婦だって知ってるって、私も知っているんですから、譲ってくれたっていいでしょ!と、心の端で”大きく”笑 思ってしまったわけです。

譲ってくれてアタリマエじゃないですよね。

でも、本当はサラリーマンだって譲りたかったのかもしれません。

見て見ぬ振りをしてしまった、悪いことをした自分を無意識に責めてしまう私たち。

誰だって、「できれば周りに優しくしたい思っている」と思います。

だけど、ぐったりして疲れている時に、マタニティマークをみかけて、席を譲る気力が残っていないとき・・・どうしますか?

気力を振り絞って譲るときもあるかもしれませんが、譲れずに目をつぶって、知らぬフリをすることだってあるのでは?

そうすると、からだの疲れは少し和らぎますが、後で、譲らなかった自分への罪悪感が心の底に残っているかもしれません。

意識せずとも、何度も見て見ぬ振りを重ねる内に、心の底に罪悪感がべったりと張り付いている可能性もあります。

妊婦のことを知れば、配慮したくなる

多くの人たちは、妊婦がどういうものかわからないから、配慮する必要性を感じていないのだと思います。

だからこそ、多くの人たちは、家族が妊娠した途端に変わることが多いのです。

妻をみていたら、妊婦が大変だってわかったよ!

今までは疲れていたら、電車に乗った途端に目をつぶって、知らぬフリをしていたサラリーマンの田中くん。

「妊婦に席なんて譲らなくたって大丈夫だろ。オレの方がよっぽど疲れてるよ。」と思っていたけれど、先日、奥さんが妊娠しました。

彼女の様子を見ていたら、どれだけ妊婦が大変なのか。妊婦というのはどういうものなのかが、肌でわかるようになってきました。

そうしたら、妊婦が毎日たくさん目に入ってくるし、彼女たちに席を譲れるものなら譲りたいと思うようになってきたのです。

単純だけど、難しい。知らぬことを自主的に配慮するということ。

私は何度も妊娠を経験したことがあるので、妊婦だとわかれば、彼女たちに配慮したい気持ちが自然と湧いてきます。

多くのおばあちゃん、おばちゃんたちが、おせっかいと思えるほどに妊婦に配慮してくれるのも、同じ気持ちなのだろうと思います。笑

でも、私は目が見えない人や聞こえない人を見かけたときに、どう配慮したらいいのかわかりません。

わからない存在だから、なんて声をかけたらいいのか。何をして欲しいと思っているのか。

わからないから、アプローチすることが怖く感じます。

明らかに困っていたら、お手伝いもできる。

何かの前で明らかに困っているとわかれば、話しかけてみることはできるかもしれません。

落とし物がみつからなくて困っている人がいれば、一緒に探してあげることはできるでしょう。

でも、何に困っているかわからない。

まだ、困っていないかもしれない。

困らないように、座った方がいいだけかもしれない。

そういうときに、自然に配慮できる人って、どれだけいるんでしょう?

マタニティマークを広める前に、妊娠についての情報を広めるべき。

結局のところ、マタニティマークが先に広まってしまいましたが、『妊娠についての情報を広めた上で、妊婦がどれだけ困る状況がある、妊婦とはどういう存在なのかを知った上で、彼女たちを守るツールとしてマタニティマークがあるんだよ。』と思えたら、きっとマタニティマークもしっかり活用されることでしょう。

あぁ、妊娠・出産・子育てについて、もっとお知らせしなければ!

もっとみんなで(いい意味で)迷惑かけあって、生活できる世の中づくりができたらいいんだろうな。

 

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